2009年07月号・社説 →e-mail

「夏の庭は熱帯植物園」  
明峯哲夫(農業生物学研究室/庭協会準備室)

 

 夏の盛りの野菜といえばまずウリ科である。キュウリ、ニガウリ、トウガン、ズッキーニ・・・、スイカ、メロン。今全国の「庭」愛好家に人気はニガウリだ。インド原産。沖縄では“ゴーヤ”と呼ばれ、最近では“本土”でも専らこのネーミングが使われる。名前のように苦く、この苦味を楽しむ。代表的な料理はお馴染み沖縄風“ゴーヤチャンプルー”。実を縦に二つに割り、種子を“はらわた”(植物学的には内果皮)ごと取り除く。種子はたくさんあり、大きく硬い。はらわたはとびっきり苦い。実を薄くスライスし、強火で炒める。できればゴマ油。この時ピーマン、ナス、さらに豚肉などを入れても良い。最後に豆腐を入れる。豆腐は充分に水を切っておく。豆腐の代わりに卵でスクランブルしても良い。味付けは塩、胡椒。最後に醤油(できれば魚醤)で整える。他の材料が多いと、ゴーヤのストレートな苦味が薄まるので注意。ゴーヤの苦味は芋焼酎(オン・ザ・ロック)とよく合う。
 ウリ科の植物の実は一般に苦い。苦味成分はククルビタシン。キュウリも元来苦かった。しかし最近は“改良”され苦味が失われている。それでも実の基部は今でも苦い。ニガウリも“改良”の対象とされ、苦味が少ない品種が出回っている。苦くないニガウリを作ってどうするのか。
 トウガンはインドから中国南部原産。熱帯アジアでは欠かせない野菜だ。東南アジアの街の市場では、色々な大きさ、形のトウガンが山のように売られている。実をブロック状に切り、スープに煮込む。実自身に味はない。薄い塩味、もしくは醤油味に整える。熱いまま、または冷蔵庫で冷やしてから食べる。トウガンの実は保存性が高い。同じウリ科のカボチャのように冬食べることもできる。そんな訳でトウガン、つまり“冬瓜”の名が付いた。
 ズッキーニはカボチャの仲間だ。カボチャには三つの系統がある。セイヨウカボチャ、ニホンカボチャ、そして“ペポカボチャ”である。前者の二つのカボチャの実は、ウリ科の実の中で特異的に炭水化物(デンプン)の含有量が高い。だから中南米原産のセイヨウカボチャは、ネイティブ・アメリカンの主食の一つとなった。一方ペポカボチャは他のウリ科の実と同様、炭水化物の含有量は少ない。このペポカボチャは中米原産。それがヨーロッパにもたらされ、地中海沿岸で改良されたのがズッキーニだ。サラダとして生で食べたり、トウガンのようにスープに煮て食べる。

 ウリ科と並ぶ夏野菜のもう一つの代表がナス科である。ナス、トマト、ピーマン・・・。ピーマンはトウガラシ(red pepper、Capsicum annuum)の仲間で、トウガラシには沢山の系統がある。通常以下の5つの系統(変種var.)に分類されている(注1)。
① var.cerasiforme(cherry pepper) 
 球状の小さな実が上向きに着く。観賞用。代表的品種は「五色」「榎実」など。
② var.conoides(cone p.、Tabasco p.、chilli p.)
 辛味が強い。小さな実が上向き。「鷹の爪」など
③ var.fasciculatum(red cluster p.)
 辛味あり。実は鈴なり。「八房」など。
④ var.grossum(bell p.、sweet p.)
 辛味がない。お馴染みシシトウやピーマン(トウガラシを意味するフランス語“piment”に由来)はこのグループに入る。北米などで辛味種から改良された。果皮が鮮やかな赤や黄色で、大きく肉厚なピーマンを“パプリカ”と呼んでいる。
⑤ var.longum(long p.)
 細長く大型の実。辛味があるものとないものがある。葉唐辛子として利用するのはこの系統。「伏見辛」など。
 
 シシトウは網に載せ、弱火で表面を炙り、醤油をたらして食べる。“甘味種”とはいえ、時々当たる。まともに当たると、舌がやけどしそうになる。あわてて冷えた焼酎を流し込んでも後の祭り。ただでも暑い夏、汗が噴出す。しかしこのヒットがないとシシトウを食べた気がしない、というのが正しいシシトウファン。ピーマンにも辛味を遺した品種がある。例えば新潟県で栽培されている“神楽南蛮”は見た目はまさにピーマンだが、ピリッと辛い。これを刻み、熱を加えながら甘味噌と和(あ)えた“神楽南蛮味噌”は,ご飯の上に載せても、モロキュウに付けても、絶品。トウガラシの仲間の辛味成分はカプサイシンである。

 ウリ科、ナス科以外にも、夏を盛り上げる野菜はある。例えばオクラ、モロヘイヤ、ツルムラサキなどだ。
 オクラはアオイ科。この科の植物はいずれも美しい花を咲かせる。真夏、路傍に佇むタチアオイ。庭先で真紅の大輪を広げるモミジアオイ。韓国の国花、ムクゲ。関東近辺の高速道路脇には、なぜかこのムクゲの樹が植栽されている。大気汚染に強いのだろうか。花の色は白、ピンク、薄紫など様々。熱帯の美花、ハイビスカスもアオイ科。ワタもアオイ科だ。薄いピンクの花は一日で萎む。実は熟すと割れ、白い繊維を吹くコットンボールとなる。オクラも黄色い美しい花を咲かせる。オクラの原産地はアフリカ。アフリカの「庭」ではたいていこの植物が栽培されている。当地では実をスープに煮込んで食べる。また実を薄くスライスし、庭に広げ熱帯の強い光で乾燥させ、保存食として利用している(水に戻して食べる)。市場ではこうして干し上がったオクラの実が山盛り売っている。日本の食卓では、生のまま薄くスライスし、納豆に混ぜ食べるのが、納豆ファンにはこたえられない。
 モロヘイヤ(シナノキ科)もアフリカ原産。葉を摘んで食べる。次々と新しい芽が出てくる。現地の市場では、農家の女性たちが摘んできた葉を山盛りにして売っている。モロヘイヤはアラビア語で“王様の野菜”という意味。女王様クレオパトラの美しさの秘訣はこの野菜にあったといわれているが、本当か。アフリカの人たちは、オクラと同様、スープに入れて食べる。さっとゆがいて、醤油味、あるいは甘酢味で食べるのが日本人の一般的な食べ方。ところでこのモロヘイヤの正式な和名は“シマツナソ(縞綱苧)”。この名から分かるとおり、茎の繊維が“ジュート(黄麻)”となリ、主に麻袋(南京袋)として利用される。インドやバングラディッシュで栽培・生産されている。だから「庭」のモロヘイヤも背丈は1メートルを越える。
 ツルムラサキ(ツルムラサキ科)はその名の通り、栽培には支柱が必要。紫色の葉を茎ごと摘んで食べる。モロヘイヤ同様、摘んでも、腋芽が伸びてくる。食べ方はモロヘイヤに準ずる。
 これら三つの野菜に共通する性質は“ヌルヌル系”ということ。“ヌルヌル”の成分は、納豆の“ネバネバ”成分ムチン。オクラと納豆はそもそも相性が良いのである。

 暑い夏を元気に乗り越えるには、夏野菜をしっかりと食べるに限る。夏の野菜はその“効能”から三つに分けられる。

A 水分・ミネラル補給系
 汗と共に失われていく水分とミネラルをたっぷり含んでいる。キュウリ、メロン、スイカ、トウガンなどのウリ科、ナス科ではトマトなど。これらの野菜はミネラルとしていずれもカリウムを多く含む。しかし汗に含まれるもう一つのミネラル、ナトリウムは含まれない。そこでキュウリを糠漬で、スイカは塩をふって食べるというのは極めて合理的だ。

B 苦味・辛味食欲増進系
 夏は暑さで食欲が落ちる。しかし野菜に含まれる苦味、辛味は食欲を増進してくれる。ニガウリ、ピーマン、シシトウなど。

C ヌルヌル強壮系
 オクラ、モロヘイヤ、ツルムラサキなど、ムチンを含んだもの。ムチンは人間の体内では胃壁を保護する役割をしている。これらの野菜は消化不良・食欲不振を防ぐ。またこれらの野菜は疲労回復に効果があるといわれるビタミンB群を多く含んでいる。

 これら三つのいずれにも分け難いのが、夏野菜の王様、ナスだ。喉が渇いた時食べたくなるのはトマトやスイカで、ナスではない(注2)。ナスには食欲を増進させる強烈な味はない。また特別な栄養分が備わっているわけでもない。ナスにはとりたてた個性がないのである。しかしこの“無個性”こそナスの魅力だ。
 ナスは様々な料理法を受け付ける。軽く塩で揉めば、生のまま食べられる。糠漬け、煮る、炒める、焼く、蒸す、揚げる・・・、いずれもOK。味噌汁にピーマンを入れますか? トマトやキュウリの天婦羅食べたことがありますか?
 そこでナスがたっぷり収穫できた時の、取っておきの料理法を一つ。
 実を縦に二つに切る。太いものは4つ。それを油(できればナタネ油)で揚げる。強火でサッと。表面が焦げてきたら、摩(す)り下ろしたニンニク入り醤油の入ったボウルに放り込み、よく和える。熱いうちに食べる。冷えた焼酎との相性はまた格別。 

 夏野菜は例外なく熱帯起源。アフリカ、熱帯アジア、あるいは中南米。これらの野菜が茂る「庭」はほとんど「熱帯植物園」だ。日本列島の夏は“熱帯”なのである。
 その日本列島、最北の島、北海道。ここの夏は別格だ。涼しく、短い。夏野菜も様子が違う。キュウリは露地でできるとしても、ナス、トマト、ピーマンはビニールハウスの手助けが欲しくなる。オクラも温度不足。ワタの北限は東北地方。北海道では花は咲くが、コットンボールは開かない。ゴーヤブームもこの北の大地までは届かない。その代わり“内地”では高温のため真夏は高原など冷涼な地域を除き栽培されないキャベツ、ブロッコリーなどのアブラナ科、あるいはレタスなどのキク科の野菜が“夏野菜”として登場する。8月の初めにはもうダイコン、ハクサイなどの秋・冬野菜の作付け準備が始まる。北海道の夏は忽ちのうちに過ぎ去っていく。「熱帯植物園」と化す日本の夏。しかし北海道は“日本”ではない。
 その北海道に“日本”がじわじわ近づいている。地球の温暖化。道南では熱帯性作物サツマイモの栽培が本格化している。そういえば、もうひとつの熱帯性作物イネはもうとおの昔、北海道に定着している。これは環境の変化ではなく、耐冷性品種育成という農業技術の革新による。ともあれ“日本化”は、北海道の歴史と文化にとり望ましいことなのか、それとも・・・。

 とにもかくにも今年も日本列島に夏がやってきた。はずなのだが・・・。

注;
(1)『世界有用植物事典』(平凡社・1989年)
(2)もっともナスの実の水分含量は94.1%で、キュウリ(96.2%)、スイカ(91.0%)、トマト(95.0%)に比べて遜色ない。