以下の文章は「丸葉アサガオの研究」(「社説」07年7月号)の続編である。
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朝顔(あさがお)は朝の容花(かおはな)のことで、美しい女性の寝起きの顔のような花という意味(注1)。万葉の時代、朝顔は桔梗(ききょう)を指していた。キキョウ(キキョウ科)は日本列島の山野に自生している。ところが中国から木槿(むくげ)が輸入されると、桔梗より美しいので朝顔と呼ばれることになり、さらに平安時代の半ばには、既に奈良時代遣唐使により持ち帰られていた現在のアサガオが朝顔と呼ばれるようになった。キキョウやムクゲ(アオイ科)の花は昼間も開花しているが、早朝開き、日が昇るとたちまち萎れてしまうアサガオの花はまさに朝顔の名に相応しい。
そのアサガオ(Pharbitis nil)は江戸時代に改良が進められ、多様な“変化アサガオ”が生まれる。その中にまるで桔梗の花のように花弁に裂け目が入った“桔梗咲き”がある。このようなアサガオを生み出したのは、当時のアサガオ愛好家の“元祖朝顔”に対するオマージュからだったかもしれない。
一方明治期に欧米から導入された丸葉アサガオは、日本列島では“新参者”である。ところがこの2,3年、その丸葉アサガオの栽培が増えている。昨今のガーデニングブームで、“ちょっとおしゃれな”丸葉アサガオは人気アイテムになっているのかもしれない。また地球温暖化のキャンペーンの中、グリーンウォール(壁面緑化)、あるいはグリーンカーテン(窓などの開口部の緑化)の普及も関係しているようだ。
グリーンウォールやグリーンカーテンには、茎葉が良く茂り、寿命の長いつる植物が選ばれる。その点でヘチマ(ウリ科)は理想的だ。しかしヘチマの実は食用にならない(注2)。そこで先回(注3)紹介したゴーヤ(ニガウリ・ウリ科)が選ばれる。ゴーヤは強烈な夏の日差しを和らげてくれると同時に、夏負けしない強壮滋養の食べ物を提供してくれるという訳だ。一方花を楽しむ立場からは何を選ぶか。ここでアサガオ、特に丸葉アサガオが登場する。
並型の葉に比べ丸型の葉は面積が大きい。それだけ日差しを遮蔽する効果は大きい。また普通のアサガオに比べ、丸葉系のアサガオは茎葉の成長が旺盛だ。おまけに寿命が長く、秋遅くまで葉を茂らせ、花を着ける。花を着ける。残暑対策として優れている(今年の夏の残暑は名ばかりだったが)。これらの特性を併せもつものとして人気なのが、セイヨウアサガオ(lpomea tricolor)系の“Heavenly-Blue”。今年の夏も盛んに栽培されていた。
ところがこの夏、これまで見かけなかった種類の丸葉アサガオが庭先で、あるいはグリーンカーテンとして栽培されているのを随所で目撃した。
このアサガオは“琉球アサガオ”もしくは“Ocean-Blue”と称して売られているものだ。その正体はノアサガオ(Pharbitis congesta またはIpomea indica)の一系統だと分かった。このアサガオは宿根性で種子はできない。苗を一度庭先に植えてしまえば、毎年楽しめる。またこのアサガオは“Heavenly-Blue”と同様、早朝開花した花は昼過ぎまで咲き続ける。朝顔を楽しむのに、必ずしも早起きの必要がないのである。しかも秋遅くまで花を咲かせ続けるという(注4)。葉はひときわ旺盛に茂る。まさにグリーンウォールやグリーンカーテンにぴったり。葉の緑色、花の青色は深い。全体としてくっきりとした明瞭な印象が強い。さすが亜熱帯植物という感じだ。丸葉なのだが、根元近くでは並葉も混じるのが特徴的である。
“もうひとつの丸葉アサガオ”を求めて沖縄に出かける私の宿題(注5)は、こうしてあっけなく解決されてしまったかにみえる。庭は世界の縮図。庭に立てば、世界中と繋がる。だからこそ庭は人々の好奇心を煽る。ノアサガオを求めて沖縄を訪ねる宿題はまだ終わらない。
注;
(1)高橋睦郎「花をひろう」(朝日新聞 2009年8月22日)
(2)東南アジアや沖縄では、若いヘチマの実は食用として利用されている。
(3)「社説」2009年7月号
(4)逆にいえば、日が昇るとたちまち花を萎らせ、過ぎ去る夏と共にその生を終える潔(いさぎよ)さこそ、ニホンアサガオの魅力であろう。
(5)「社説」2007年7月号参照