2007年07月号
脳天気 農文化
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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070728 シリーズ農字 09「華」
 あちこちに花が咲いている。街の通りにもこの暑い季節ならではのお嬢さんたちの姿が花ひらいてまぶしい。

 「花」は「華」の俗字で、直接には主にサクラまたウメの花の意と辞書。それはそれとして、このいかにもにこやかな「華」の字の形は、花が咲いて枝が美しくたれている姿とのこと。どっちかというと「花」は名詞に、「華」ははなやぐとかはなばなしいとかという場合に使われる、とある。はなやぐ、そう今の季節のように。
 しかし、はなばなしい、は最近ちょっと曲がっているのかもな。いや間違った、それは「はなはだしい」だった!

 折しも国政選挙。髪の毛を切りに行った先でアタマを洗ってくれたおネエさんが「魅力的な人が出ていないわね。」と眼前でつぶやく。そうだね、だいたい大義を語らないものね。世界がどうあったらよいか、それで自分はどうするか、みなさんどうですか?という回線がほとんどお隠れになっている。
 こうやって守ってやる、って、みんながみんなそんな凛々しいことばかり言って、マジかよ。間違いもはなばなしい、いや「はなはだしい」よね。

 外国をよく旅する知り合いに「見知らぬ国で日本大使館のヒノマルを発見したとき、ありがたい、私は守られているんだ、と感激した。」なんて言われてたまげたことがあった。ありがたいことがあるかも知れない、でもメーワクなこともある。過信は禁物だ。

 守ってやる・こうしてあげる、は、ま、サービス、かな。サービスにはだいたい対価を払うことになっている。いっぱいサービスをしてもらうといっぱいオカネを払わなくちゃいけない。いっぱい集めたオカネがどこに行くか...。みんな、オカネいっぱい持っていますか?

 「あげる」にぶら下がり続けるのはマズイ。でもどうして止さないんだろうか?カヨワイ人民だから?いや、はなはだしくも図々しいコクミン根性を疑わないせいだからだ。

 クニを生きるのはテキトーにして、世界を生きよう。
 私たちが持つべき宝物は、身勝手で尊大なじぶんの利益などではなく、見知らぬところで出会う「華」のようにまぶしい見知らぬ人々の微笑みである。そして確実にその場面にじぶんが存在することである。

(ナガタ・ま)

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