2007年08月号
脳天気 農文化
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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070828 シリーズ農字 10「若」
 農的な暮らしは忙しく、いくらでもどこまでもいつまでもすることがある。
 実行できなくて宿題だと先送りしようものなら、いつまでもできないもんで「廊下に立っておれ、バケツ持って。」との宣告がオヤブンから下される。その辺だいたいずぼらにこなしてきた(きちんとしなかった)ので、だいたいが「立っておれ。」なのだが、そこは手練手管でたいがい仕事に逃避した。
 逃避的に仕事をこなされた仕事のクライアントはたまったもんじゃない。そんな気構えでは対価に値しない、と放り出される。いや心配ご無用。逃避、必ずしも気合いが入ってないわけではない。浮気だってその時点ではえらく本気なのだ。いえ、あの、その、仕事はマジ大事にしてるよう!

 山羊を農的に・ずぼらに飼っている。ずぼらな小屋住まいをさせているので、たまに脱走する輩がいて、先日わがオヤブンが大事にしている収穫仕立ての豆(しかも貴重な品種)をウハウハうまい!と食いやがった。さあたいへん、バケツどころの騒ぎではナイ。地震・雷・火事・オヤジ、巨大台風・猛吹雪...。
 廊下!そう老化ねぇ(ふふ)。バケツでもって矯正可能なのはアタマもカラダも若く元気なうちだろうか。そいつに水が入ってなきゃまだがんばるんだが。ついでに“気をつけ”もかんべんだ。

 なぜかこの「若」の字には草かんむりが乗っかっている。辞書によれば、桑の木のやわらかい新芽だとか(きっと草かんむりはコレだ)、女性がしなやかな髪をとかしている様子、あるいはやわらかにものを言うこと、などをあらわすとある。それで、やわらかいから「若い」のだそうだ。なんと眩い...。

 老いるとカタくなるのだろうか。もはや上がらない下がらない曲がらないだらけの気配。しかし、柔らかにもなるんだぞう。いや、カタイの柔らかいのってパンの焼き具合じゃあるまいしね、そんなもん競ってナニがどうなるものでない。
 少しばかり大事だと思われるのは、たとえば赤ちゃんのすべすべやわらかお肌、ではなく、鍛えないとやわらかい思想は育たない、ということだ。ふにゃふにゃ柔らかでいて型にはまらないということは、型にはめられないということである。そうやって、廊下はイヤだが、立ちたいよ。

(ナガタ・ま)

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