2010年11月号
脳天気 農文化
発行;庭しんぶん
庭プレス社
e-mail

101128 シリーズ農字 29「荷」
 「何(読み=か)」は、にもつをかつぐ、上にのせることを示し、その上にくさかんむりが乗っかると、“茎の先に平らな葉が乗った蓮”の意味を「まず」表したんだそうです。その後「何」が疑問詞に使われたために、この「荷」の字を借りて「になう」「上にのせる」に使われるようになったのだとか。
 わたしは、はすはだと思っていましたが荷も蓮ならば使い分けがあるだろうに知りません。漢和辞典では蓮=荷、でありますし。調査中。
 食べ物としての蓮すなわちレンコンは北海道生まれのわたしにはなじみがありません。インド原産というのだから暖地特有のものでしょう。なじみがないけれど時々食べたい、であります。煮物、揚げ物、酢の物、そうそう時節がら辛子レンコンなども。「壇流クッキング」の壇大先生は辛子味噌の中におからを炒って混ぜると味も形も落ち着きがよいと言うのですが、さすがに舌の鍛え方が違う、とこの本はいつも再発見があってたのしい。
 蓮(荷!)は多年性水生植物で学名:Nelumbo nucifera。睡蓮科という説だったのが近年系統が違っているとされ、別に分類されているようです。ただ学名はエジプトの睡蓮の一種を出自としているもよう。また2000年たったタネが出芽したという大賀ハスなるものがあったり、仏像の台座によく用いられる“ありがたい”存在になっていたりし、食べる植物の中でもどこか特別視されてきたもののようです。東城百合子さんの「自然療法(あなたと健康社/昭和53年刊)」には“れんこん療法”があり、老衰、結核、あるいは下痢、風邪、咳、止血、鼻づまり等に有効な食し方が紹介されています。

 さて「になう」を意味する述語としては「荷担(かたん)」でしょうか。別に「加担」とも。どっちかというと後者の方がポピュラーかな。
 荷担とは、まず荷をかつぐ意味。これはもう死語に近いのではないか? お百姓が俵を担いでちからくらべをしたとか、またつい最近まで「担ぎ屋」という職能が成立していましたが博物館モノです。いわゆる第三世界に行けばまだいるような...。荷といえばすっかりクルマで運ぶモノになってしまいました。かつては鉄道便で荷物を送る「チッキ」なるシステムがありました。チッキ?それはチケットなのだそうです。えらくナマったものだ...。学生時代、田舎で列車の切符を買い、さらにいくらか追加するとかなり大きな...たとえば布団袋なども目的地まで別送可能だったわけですが、ケチって“駅止め”なんぞにするとそこからアパートまでえっちらおっちら運ぶのがタイヘンで、知り合いからリヤカー(これもこのごろ見なくなってきた)を借りて、なんてことがあったものです。しかしそれはさっさと宅配トラック便に取って代わられ(1976年、“クロネコ”スタート)、いまデリバリ事情はカクメイ的に変化(進化?)し、近くにも遠くにもえらく簡単にモノが送れるようになりました。もし地球が過熱気味だとするならば、このデリバリの運動・エネルギ量が効いているかのような印象を持ちます。まあいわゆる先進国間に偏ったものではありますが。
 それにさらに加速度を付け足したのがインターネットでしょう。たとえば地図検索。どこへ届ける?どれどれ...、と少なくとも先方の交通事情はともあれ、届けられるという気になっちゃえるヨノナカになった。自給的な暮らしなんぞというテーマを持つ身には、フード・マイレージとか身土不二(...文字変換しない。マイナーことばか?まだ)とかを話題にせねば、というところですけれど、パス、いずれまた。
 閉じてもB4くらいになっちゃうデカくて重い地図を背負ってガイコクに行ったのが夢のよう。たかが10年前。ただしこの地図・ミシュランは表記の仕方がすぐれていて、これなしで初めてのパリ市街もオーベルニュの田舎もドライブすることなんて考えられませんでした。今やiPadなどのちびコンピュータを持って行けば、行き先について多くの情報が一目瞭然です。紙の地図、売れないでしょうね。(ま、それもセンシン国だけのことだな...※ミシュランの道路地図はネットで利用できるようになった)

 半世紀も前に東北をぷらぷらしていたとき、列車に荷物を担いだおばちゃんたちがぞろぞろ入ってきて、荷物がカラダひとつ分くらいあり、したがって4人席に2人しか座れないかのようなのだけれど、上手に通路に積み上げては漫談をやらかしていましたっけ。体力も相当なものですけれどアレを運んでいくらもらってたんでしょうか? あるいは行商だったのかもしれませんが...。
 最近、十勝で列車に乗っていて隣に座った見知らぬじいさんと世間話。じいさんは青森出身とのことで、「リンゴ背負ってきて釧路で売ったらえらく儲かってね...」なんてのをふむふむとうなずく一方だったんだけれど、いくらで売ったのかうっかり聞きそびれました。まさかリンゴ1個ン千円ってなわけじゃない。怪力が背負ってリンゴが何個背負える?!...もしかして「背負う」はきっと“運搬すること一般”をじいさん的には意味していたのかもしれない、とふと思います。オート三輪(長距離はムリか?)かなにかで運んだろうか。
 ってな牧歌的物流の時代、1960年代ころまでは、どうしようもなく地域は地域であるしかなかったんでしょうね。

 もうひとつの「荷担」は、どっちかというと「加担」の字の方が背負っている意味として「味方となって力を貸すこと」です。「わたしは○○に加担していない」と言えば、○○について責任を持つ必要がないということにつながる。関係者・当事者というのではない、ということです。

 最近の国会の成り行きを見聞きするときに、このエライ方々のどのくらいが当事者意識を持っているかが疑わしい事態なのだなと思われ、つい目を背けてしまいます。この方たちはいったいどういうことに荷担しようとしているのか? 一応与野党逆転という、まだ直後と言って良い時期だとわたしは思っていて、チョー長かった保守政治がどう変われるのか、前向きに見ていこうと考える立場ですが、その逆転された側の国会質問の内容もニュアンスも「おめーらにまかせておけねーんだよう」式のけんか腰姿勢がまずあって、そこでの質問者がより所にする「かくあるべき社会」的なものが古いのなんのって(わかりよい=理解可能ということでウケるのか?)。
 マスコミも「ヨノナカかくあるべし」なんてうっちゃいといて、政治もどっちが勝つかのスポーツ番組みたいな情報の組み立て方です。こういう人たちに政治をまかせとくのは...、あんな弱腰では国家の体が...とかとか、およそ前向きではなく、なにかおもしろい記事はないかと群がるハイエナ(ハイエナはえらいメーワクだね)さながらです。頻繁に行われる意識調査のアンケートも、主旨がおよそ低レベルにとどまります。たまにまともなことを言い誌上に載せた文化人なるものはすでに少なく、後継者(!)不足を嘆いても、もう間に合わないや、ですしね。もしマスメディアのリベラル度(誰が測るのか別として)なんてものがあるとしたら、この時代は相当に低い数字が残されるのではないかと思います。えらそうには言わないけれど、わたしたちはこういう人たちのために働き、この国に居るのではない。
 もしかしてちょっと未来のわたしたちを知っている人たちから「あいつらは何やってたんだメーワクだ」と十把一絡げで非難される過去の存在にわたしたちはエントリーしかけていると思います。個人が反対・賛成あるいは無関心であってもその時代は形作られる。その形はその時代を生きる総員の責任として次につながっていく。反対したから責任がない、というものでもないわけです。
 ではどうするのか。総懺悔?違う、言い訳?違う。モンクがあるわたしたちは個々の立場として、こういった主流であるかのようなもののみに任せた人生をすごすのではなく、そこからわずかでも距離を置き、それらを相対化しつつ、より自由な生き方を編み出していくべきではないのか(それも多重的に)。教科書に書いてある、社会人としての義務と権利とをバランス良く行使する、なんてことから観点はずれます。そんな紋切り型の...オヤブン・コブン(もちろんわたしはこっち)みたいなものとは違う、じぶんがじぶんの社長である人生を過ごすために社会を合わせていく(オヤブン・コブンの逆転)、そういう日々を過ごすためにわたしたちは飲み、食べそして眠りたいのではないか、ということを思い返す。
 そのためにはできるだけ「プラグ」の抜き差しが可能な場所をつくり育成していく必要があると思います。必ずしも物的なものを指すわけではないけれど、具体的にといえば、それはひとつには農ある場所でしょう。農的な自給度の高い場所は、安全や安心を手に入れるというよりも、個々に課せられた(社会)責任をマスの中でうやむやにさせないためにこそ存在するのではないかと思うのです。

 むずかしいのは、自由は結果なんだろうと思います。自由は平和とか安心とかと同じように、ある事象の経過の中でひょいと一瞬感じられるようなたぐいの評価軸なのではないか?それじたいを追い求めたとしても「あおいとり」のように逃げ隠れするばかりで不毛だという気がします。同様に、最近よく取りざたされる共生とか共存とかは、「こんな良いものが見えないか」みたいに振り回されるのであれば、それはちょっと勘弁してくれ、であります。キモチはわかる。けれど順番を間違えていませんか?ということです。

 順番ということで思いだした、このあいだの“O”さんからのメール;
「なぜ"共同生活住宅:コレクティブハウス”や“集団生活的養老院”に対して、キモイっという感情を持つか、すぱっと書いた文章を見つけた(後略)。」
 カノジョは、わたしがどっちかというと共同性良きものという匂いをふりまきがちなのが鼻についていたのでしょうか。
 添付のその文章は、内田樹さんのブログでありました。
 わたしの返事;
 「内田樹の本、読んでいませんでした。読もうっかな、と思います。ブログにはタイヘン共感。わたしは“共同体”は結果するものであって、それを目標にすることはやめたい、と○×○建設ジケン(!)以来思うようになりました。が、まだどこかで共同体づくり礼賛のシミをくっつけているかもしれない。例えれば“共同体”は“平和”みたいなもんでしょうか?(中略)ただ、"あっちむいてほい”はなかなかむずかしい。飛躍が必要です。精進のしどころです。」

 このところパートナーが読書マシンと化していて、その反動か自分も読んでるつもりになり?書物が遠かったのですが、内田サン、ブログを拝見する限りなかなかヨイと思います。が、一方読み方かもなという気がします(必要に応じた読み方?)。
 たとえば、「(コレクティブハウスの実現性の質問に対し)申し訳ないが、コレクティブ・ハウスというコンセプトはたぶん成功しないだろうと申し上げる。それはそこに参加する人間の“現時点での利便性”にもとづいて選択された共同体だからである。そこには“歴史を貫いて維持しなければならない共同体”の統合軸がない。共同体に蓄積された資産を"次世代への贈り物”であると考えることのできない集団は短期的に崩壊する。」と書いてあるのですが、それはテーマが「どういうタイプの共同体が歴史の風雪に耐えて生き延びることができるか」だからで、それを軸にすればストンと「そうなんだ」とわかります。
 しかし質問者はめげずにコレクティブハウスに取り組めばよい。内田サンの指摘は的確だろうと思うけれど、まずはやってみてやってみたいことの枠組みを当事者が自ら理解するがヨイとわたしは思います。
 (テーマからずれてはいきますが)暮らしのまわりにある、家族や学校や仕事場やらの既存のいろんな集団。それらのほとんどが“歴史を貫く”軸がふにゃふにゃだという気がします。だからこそ、と思うときに懐古的な揺り戻しをしたいのか、さらにどこかに流れていきたいのかで集団の構成員の対応は大いに変わると思います。

 “どこかに”は魔力だなあ。

 11月も末に近いウイークデイの夕方、街がえらく混んでいて「?」とパートナーに尋ねると「給料日かな」。
 地下鉄の駅から、ビジネス街から、ススキノに向かって流れていく大量のひとびと。地下街という円筒形の容器(チューブ!)を押し出されるように。

 ケツロンが締まらないので、他力本願。
 メキシコの田舎で結婚式を挙げた友人に贈ったというメッセージの一部(「うさぎ!第21話・小沢健二著/「子どもと昔話」2010年秋号)。

 新郎と新婦は、同じ場所には生まれなかったけれど、同じ材料でできていた。
 二人が出会った時、会話が始まった。会話、二つの違うものが出会うこと。それは開いて、空間になった。それはどんどん大きくなる泡のようで、そして一つの世界になった。その場所で二人は育った。以前には自分たちでさえ想像できない風に。
 二人は新しい果物を味わい、初めて雪を見た。

(ナガタ・ま)

庭プレス・トップへ