2007年02月号
にわにわにわ研
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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070228 シリーズ「わたしの庭」01
文・写真/トミー・丘 記者
 我が家の庭はプランターである。
 一人暮らしのため土地がない。しかし以前から夏には小さなプランターの中で、ラディッシュ、ミニトマト、イチゴ、パセリ、シソ、ローズマリーなどを育てていた。朝、水をかける。時には夜にこっそりと。育てていく過程が楽しい。芽が出たとき。花が咲いたとき。実が色づき始めたとき。育てたものを料理に生かせたとき。自分で作ったという満足感。
 もぎたてのキュウリは刺々しい。店の品物に慣れているとぽつりぽつりと感じる程度。初めて路地キュウリに触れたとき、その棘っぷりに驚いた。本来はこういうもの。本物が知りたい...!!。
 “農的くらしのレッスン”に参加して、初めての経験が多くあった。知らなかったことを知る楽しさ、共同で作業する楽しさ、食のある場所に人は集まる!!。札幌という都会で暮らしつつもこんなに豊かな生活ができるんだと、毎回のレッスンが楽しく充実している。

 1月6日から10日まで、茨城の「暮らしの実験室(たまごの会)」にお邪魔させていただいた。

 初日、鶏の世話。ここでも初めての経験をたくさんしてきた。ここには約700羽近くのナゴヤコーチン、ゴトー、ロードアイランドレッドなどの鶏がいる。この日は雨だったが、近くの畑に行き、青々とした小松菜をもぎ取る。コンテナ4つ分の小松菜は鶏のエサになる。小屋の扉に近づくと、
 「コッコッコー(餌だ餌だ)。」
 つられて私も
 「コッコッコー。」
 鶏と心を通わせる。
 木の扉を開けると、そこには卵を温めている親鶏がいる。手を伸ばすと離れて行くのもいるが、そのままじっと動かないものもいる。慣れてないのでちょっぴり怖い。鶏の意を決して、足元に手を伸ばすと温かい感触。卵を見つけると、それだけで自然と笑顔になる。産みたて卵は、例えが変だが、缶コーヒーのように程よくあったかい。ちょうど産む瞬間をキャッチできた卵もあった。手に取ると温かさが伝わり、
 「産んでくれてありがとう!」
 と、心からそう思う。

 卵の選別は、左手で持ちながら、右手の親指と人さし指を使ってコチコチ叩いていく。ここで割れてしまうのは出荷できない。割れやすい品種の卵もある。汚れた卵を拭く。擦る。南に向かって日を浴びながら作業するのはとても心地よかった。
 豚の世話。クロ、ニュートン、キーマ、サン、チャーリー、レイ...。トンネル山のプリプリを越える大きな豚。そしてかわいい子豚。人が近寄ると揃って顔を出す。かぼちゃ、さつまいも、採れたて青梗菜をもりもり食す。水をきれいに取り換える。部屋掃除は重労働だけれど嫌いではない。
 豚は「ブーブー」とは鳴かない。なんだか「ブキャー」に聞こえる。文字にすると難しいのだが、その鳴き声が耳に残っている。
 最終日、すっかり皺になり、労働者の手になって帰ってきた。しかし気分は大満足。
 私が感じた一番の大きなこと。それはここでのふれ合い。人の温かさ。“農”をキーワードに様々な機能を持つ場所であること。昼食時には「宇宙には風はあるか?」という話題で盛り上がった。あるのかな??。晩餐時は美味しいご馳走と多少のアルコールと...。
 たまごの会の方々には大変お世話になった。とても親切に対応して下さったことに感謝している。

 知らなかったことを知ることができる場所。自分と向き合う場所。つながりが持てる場所。本当に必要なことを考えるきっかけになる場所。美味しい料理を生み出す場所。私にとって“農”とはそういう場所なのかもしれない。

 そして、2月28日。
 今、我が家のプランターには秋に植えたニンニクが眠っている。暖冬の今年、三寒四温を越えれば春はもうすぐ。今年の夏の収穫が待ち遠しい。

 心の豊かさとは何か。今の自分はどこで何ができるか。
 できることを精一杯考えて“庭”に寄り添っていきたい。

 (我が家のプランター。今はニンニクが眠っている)

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