2007年11月号
にわにわにわ研
発行;庭しんぶん
庭プレス社
e-mail

071125 オノ・ヨーコ インタビュー
邦訳/Katie Ash、付記/ナガタ・ま

 以下、編集人の友人ケイティから今夏届いた便り;

 「Democracy Now」っていう番組知ってたっけ?それの日本語版サイトが出来てたよ。
 そこにオノ・ヨーコの一時間インタビューがあるんだけどこれがよかった。
 ジョンとヨーコの歴史あたりは省きましたが、日本語で少しまとめてみたので見る?

 オリジナル→
 http://www.democracynow.org/article.pl?sid=07/10/16/1344219

■光の塔について

 1965年、42年前、わたしは環境や天候やその他すべてが良い状態になった時に現れる灯台、というアイディアを持っていました。その灯台はそこに留まることなく、環境などが整う事によって現れる、というコンセプトを気に入っていました。
 そしていま、この光の塔の光は瞬いているのですが、わたしはとてもとてもそれが現実に起っている事を現していると思います。この瞬きはジョンの誕生日からジョンが亡くなった日までの間、続きます。それは小さくて人生のように短い間ですが、その光や光のコンセプトは永遠です。

■なぜアイスランドに?

 アイスランドを(拠点に)選んだ理由は、この国がとてもユニークだからです。いま、世界中でたくさんの国が石油の確保あるいは石油不足のために大変な思いをしています。そして石油をめぐって戦っています。石油はいつも戦争の理由になっているのです。
 しかし、アイスランドではエネルギーの80%を地熱や水力でまかなっています。石油の代わりに水を使っています。

 彼らがしている事はとても興味深い。1930年代に起った世界恐慌のころ、彼らはエネルギーソースとして石炭を使っていました。しかし、彼らはこれ以上石炭を買う事が出来そうにないということがわかった時、このままでは国全体がダメになるという危惧のもとで、彼らの手元にある資源、地熱をどう使うか考えました。以来、彼らは石油の代わりに地熱エネルギーの使用を始めたのです。
 彼らは石油を得る闘いから完全に自立しています。それはとても美しいことです。

■ジョンは生前、光の塔のことを知っていた?

 ジョンはこのことについてはあまり知らなかったと思います。ただ、わたしの光の塔のアイディアは好きだったようです。
 1967年、ジョンが初めてわたしをケンウッドの自宅に招いてくれた時、どうしてだろうと不思議に思ったのです。パーティか何かだったと思うのですが、それはとても静かな日でした。彼は「実は僕の家の庭に君の灯台を作ってもらえるかどうか聞きたくて今日は招待したんだ。」とわたしに言いました。わたしは「ええ、でもこれは概念上のアイディアなんです。実際に作る方法なんて知りませんよ。」と答え、笑い転げました。
 これが40年前で、1967年。すごく不思議な数字で、今年はジョンの67歳の誕生日なんですよ。まったく計画したわけじゃないのに。気がついたらそうだったのです。奇しくも彼の67歳の誕生日に灯台のベールをとることになったのです。

 「Imagine Peace」は24の国の言葉で書かれています。そして、誰かが「この国の言葉は?」と言ってきた時のために、他に10のスペースを空けてあります。

 この塔のことではおもしろい事が起っています。
 エドガー・ケーシーの読み物の中に、北の国の光の塔についての記述があるというのです。これは平和を世界に拡げる役目をするということです。エドガー・ケーシーの言った事で、わたしはよくはわかりません。でも、その通りの事をしているような気持ちになっています。このことはアイスランドで聞きました。

■自身の芸術を用いてどうアクティビストとしてのメッセージを伝えるのか?

 アーティストは有名であっても無名であっても、その人がアーティストでありたいと思う限り皆アーティストであると思います。この社会に生きている誰もが、それぞれのクリエイティブなエネルギーを使ってしなければならない事をしているのです。世間がアーティストと呼ぶ人だけでなく。わたしはただできる事をしているだけです。

 とても興味深い話があります。
 トロントで数日前、ゲイの学生がピンクのシャツを着ていたことで、いじめられた揚げ句学校から追い出されました。次の日、彼の友だちがみんなピンクのシャツを着はじめ、これがどんどん広がっていったのです。たくさんの学生たちがピンクのシャツを着ているのを見て、他の学校の生徒たちまでが“わたしたちに何が出来るでしょう?”と言い始めました。
 わたしたちは恐怖と混沌の世界に生きています。ある人は将来についてとても悲観的です。しかしわたしは、こういうことがわたしたちの出来る事だと思うのです。
 わたしたちは存続できます。わたしたちにとって存続したいと思う事はとても自然な事なのです。これはとても強い本能です。
 わたしたちはきっとやり遂げるでしょう。
 たくさんの美しい事が起り始めています。みんなが imaginepeace.comへ書いて知らせてくれます。どうぞこのサイトで今何が起こり始めているのか注目してください。

 もうひとつ、最近起ったことです。記事を読みます。
 「アイスランドの溶岩に温暖効果ガス(green-house gas)を注入することによってCO2を入れ、basaltic岩盤が石に変わるというプロジェクトが9月に発表されました。火山の領域では二酸化炭素が方解石に変わるというのは自然のプロセスとしてよく知られていますが、アイスランド大学、コロンビア大学、そしてフランスの科学者たちによって、地球温暖化の大きな要因のひとつの温暖化ガスを使う方法で、これらのプロセスをスピードアップさせる事ができます。」
 彼らは温暖化と戦っています。
 わたしもこの溶岩を見たことがありますが、なんというかあまりきれいな石ではありません。そしてこれが方解石に変わると、もうクリスタルのように美しい。そう、これが彼らが地球温暖化に対してしていることなのです。
 もちろん、わたしたちは温暖化についてはたくさんしなければならない事がありますが、彼らのように対策を思いついた人がいます。ですからそのようなことをわたしたちもする事ができる。わたしたちみんなが温暖化へ向けて出来る事があるのです。

■占領地区で引続き起っている対立についての平和会議がもたれる可能性があります

 わたしたちはいま、知恵を合わせ平和や再生ということを本当にスタートさせなければなりません。そしてわたしたちはそれが出来ると思います。それがいつかはわかりませんが、近い将来である事は確かです。温暖化対策についても、140の国がアイスランドと同じように地熱、つまり水を使う事が可能なのです。
 そしてそういった時に、とてもおもしろい事が起きます。
 わたしがアイスランドにいた時に、妹が言うのです。
 「ホテルの窓枠にほこりがひとつもないのに気づいた?」
 「ホコリがない?」
 ニューヨークからやって来たわたしたちにはホコリは日常の一部ですから。

 そう、それが今世界で起っている事です。
 早く石油に依存しないことを決めるのです。すばらしいと思いません?
 もちろん、それは実現します。
 同時に、わたしたちは温暖化の問題もさっきの溶岩を方解石に変えるお話のように、解決していけると思います。絶対に出来ます。

■あなたはとても楽観的です

 たくさんの人が“あなたは楽観的ですね”と言います。でも、どういう意味ですか?と言いたい。
 わたしは全然楽観的ではありません。人類の再生を計りたい、それだけです。再生の努力をしている間はわたしたちには悲観的になる贅沢はありません。悲観というものこそ今持つ事の出来ない贅沢です。人は今出来る事をすべきです。誰かに腹を立てたり、あの国がこれをしたとかあれをしたとか言う代わりに、わたしは出来る事をみんなが今するべきだと思います。

■ニクソン政権(ベトナム戦争時代の)とブッシュ政権を比較してどう思うか?

 わたしは政治家について深く考えません。なぜなら、世の中を変えるのは常に草の根運動だと思うからです。草の根運動にはたくさんの人が関与しますね。草の根を通して物事が変わっていく事がとても大切なのです。
 わたしたちはよくやっていると思います。他の人々に必要以上に注意を向けたり批判したりすることはムダな事だと思います。

 同じ質問をヨーロッパやアイスランドやアジアの国々で聞かれるたびに、わたしはいつも“初めてアメリカ人をとても尊敬しています”と答えるんです。なぜなら、ほんとうにたくさんのアメリカ人が平和のために立ち上がり、世界を変えようと努力し、この世界の軸を平和へと傾けようとしています。そうする事が危険を伴うというリスクがあるのにもかかわらず、彼らはほんとうに勇敢です。それは勇気のいる事だと思います。

 ニューヨークで停電がある時は、いつも人々はとても平和的でよく助け合います。たとえばこんな状態ですね。いまアメリカではとてもたくさんの美しい人々が勇気を持って世界平和のために立ち上がっています。わたしは世界中の人にそれを知ってもらいたい。人々が“アメリカはどうですか?”と聞くとき、“たくさんの人が平和のために立ち上がっています。わたしは初めてアメリカ人を尊敬しています。誇りに思っています。”と答えています。

■反戦を唱える人々はベトナム戦争時よりも少ないのではないか?

 ちょっと待ってください。ベトナム戦争時にわたしたちがやった事は、効果的であったかもしれません。デモ行進するとか…それは悪いアイディアではありませんけれど。
 でも今わたしたちはもっと効果的な他の方法を学んでいると思います。
 中国では国中の人々が一度に飛び跳ねると地軸がシフトすると言われていますね。いま、何億という“わたしたち”みんなが世界平和と再生をビジュアライズすることで、平和というものの軸をシフトする事が出来るんだと信じています。

■ビルマではアウン・サン・スー・チーが長期に自宅監禁を強いられ、アメリカの石油会社シェブロンは軍と取引をし続け、中国政権はビルマの僧や市民を虐げているという事実について

 ずっとむかし、僧たちが瞑想によって世界を変えました。いま、わたしは政府によって迫害され続けている人々に生き延びてくれようメッセージを送ります。なぜなら、彼らが今この世界で、彼らの力強い魂を見せてくれている事で、わたしたちに影響を与えているからです。わたしたちは彼らの勇気からたくさんのものを見せてもらっているのです。
 彼らに決して死んで欲しくない。生き延びて欲しいと強く思います。
 もしわたしが彼らなら、同じ事をするでしょう。

(以上)

 この文はオリジナルサイトから邦訳の許可を得ていません。もちろんオノ・ヨーコにも。
 転用されたい方はご注意下さい。(編集人)

付記・ケイティへ

編集人/ナガタ・ま

 オノ・ヨーコをよく知らない。ビートルズ、ジョン・レノンについては、うんと夢中になった世代とはズレる。でも「Abbey Road」などは70年初頭の東京、5月の陽光の下、アパートの窓辺のビスケットにマーマレードの甘い匂い、というのを伴うまぶしい思い出がある。

 インタビューでひとつ気に入ったところがあったよ。
 楽観的なんだね、と言われて、“悲観的になる贅沢(余裕って訳の方が良かった?)はありません。”と答えた部分。
 リベラルと思ってた人まで“世の中もうダメ”なんて言うので、うひゃぁモノだった。それは当事者が口にすることじゃない。それは余裕だ。ついでに、スロウだとかロハスだとか言って、無理しないでできるところからバランス良く、なんてのもいい加減な余裕だ。あれはデパートの売り場にぶら下がっているフラッグだよね。
 みんな、少しでも意識的な人々は自分がしようとしていることにシャカリキの毎日ではないのか?。目の前にある、あれをもう少し、これをなんとかしたい、の連続(あるいは断続的な継続)なんである。それを起点に「I need」とか「I desire」とか言おう。
 デキることから、の容器は空っぽだ。やりたいことしかデキない。やりたいことがデキることを生じさせる。

庭プレス・トップへ