2010年1月号 / Top
にわにわにわ研
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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100128 サボテン落下は、大吉
北京的農的くらし便り01文/植村 絵美

 鏡餅サイズのサボテンが正月早々足のつま先に落ちた。
 重みと『とげとげ』とこの衝撃的な事実は激痛と不幸な幕開けをもたらした。

 と、暗雲漂うように北京生活を語りたかったが、
 起きてしまった物事に対して楽観的にしか解釈できない私は、不幸女を演じきれない。

 極寒の中、市民と同様に自転車に乗り回っていると、
 自然と体も寒さや、汚い空気にも慣れてくる(慣れたくはないが)。
 そうこうしながら時間の経過とともにこちらの生活様式(型)に自身をはめこんでいる。

 中国という国は、路上に人々の生活感があふれている。
 日本のように、ここからよその顔(おしゃれ着)、ここから家の顔(パジャマ)みたいな線引きはない。

 皆、平気で鼻水を飛ばし(豆をとばすように)、つばをはき(くわっっっぺっっ)、大声で叫びあう。
 躊躇していたら存在自体無視されるので、とりあえず声を出すこと、態度はきわめてデカくすること。
 を覚える。先日、市場で割り込まれた男にやりかえしてやったら、怒られひるんだ。
 チクショー。

 『ニーハオ、ハオチー、イー、アー,サンースー』とぼったくられない為の中国語もお勉強。
 現在の私は『お前はばかだ』と中国語で言われても『ドエー』(はい)と答えてしまうレベル。

 中国語テキスト初級編は『美しい』『頭がいい』『ハンサム』とか肯定系の形容詞がならぶ。
 私の知りたい言葉は、『このおたんこなす、へんてこ頭のぶさいく!』なのに。かゆい所に手がとどかない!
 ひねくれた(外国からの)人々も、中国社会に旨くとけこめるようこのテキストは配慮されている。

 文化の違う中、自分をつかむためひたすら読書に励む。(逆に内向的な行動?)
 水木しげるの『ねぼけ人生』と農的くらしのレッスンの明峯先生の本『僕たちは、なぜ街で耕すか』は、
 すっとぼけてしまった私にやる気を与えてくれる。

 北京に到着してから、常日頃、念畑を唱えるように『畑はどこだ?畑知ってるか?』と聞きまくっていた所、
 知り合いがたまたま市民農園に参加するとのこと。ラッキー!私も参加すると即答した。
 場所は北京市郊外、市内から車で40分の村にある市民農園。会期は4月中旬から11月まで。
 30平米の敷地で(やぎやの昨年のB班の土地くらい)2家族で耕す。種、有機肥料、水、道具等は支給されるとの事。
 この土地代は1200元(約1万5千円)。

 一緒に耕す相手は畑作業の経験はない女。出版業、主婦、旦那と子1人。わりとお金のある現代人。
 しかし、『私は農園で生まれ育ったのよ』と自信たっぷりに主張。
 確かに、この事実ってものすごく重要。農が自身の『生活の一部』だったということで。
 さて、色々な疑問、課題はありつつも、北京的農的くらしが始まる。

 参考まで:市民農園:リトルドンキーファーム
 http://www.littledonkeyfarm.com/index.htm

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 編集者註;書き手は2009年度・講座農的くらしのレッスン参加者。2009年12月より北京在住。

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