2010年08月号 / Top
にわにわにわ研
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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100828  天女の思い
北京的農的くらし便り07文/植村 絵美

 3人はその日それぞれ朝7時に起き、8時30分にはある地下鉄駅で集合することになっていた。雨が降らないことを携帯のSMS(ショートメッセージ)で確認しあい、それは何だか遠足へ出掛ける気分でありながらも、子供の頃とは違い、体が寝ぼけ頭をひきずって行った。駅からは車に乗り込み北京郊外南西へ1時間。途中車を通りすぎていく景色というものは文字通りただ通り過ぎていった。ある所からいっぺんに景色が農村地帯へと変わりテンションも上がる。そうこうしていくと原っぱをにわとりがオ〜走ってる走ってるって、天福園と言う農園に到着。

 出迎えた看板には『健康的土壌、健康的飼料、健康的食物、健康的生命』。2001年より独立循環型有機農場を運営、今年で9年目。2008年に中国で初めて政府から独立循環型有機農、畜産業の認定を受けた。ここでは化学殺虫剤、防カビ剤、殺菌剤、除草剤、化学/合成肥料、抗生物質、ホルモン、GMO製品は一切不使用とウエブサイトに明記している。約100エーカーの土地の周囲を塀で囲み近隣農家からの影響を極力回避する対策、その回りにはポプラなどが植えられている。瓜科の野菜でアーケード小道、屋外に豆腐製造所や休憩所、宿泊施設をもうけている。アプリコット、さくらんぼ、もも、梨、プルーンなどの果樹、小麦、そして季節の野菜を取り揃え、卵、乳製品、食肉、除草と堆肥用に犬が数匹、ねこ、鶏、あひる、がちょう、牛、やぎが放牧されている。やぎは完全肉用でお乳はしぼっていない。やぎ肉は北京のイスラム系住人の儀式/祭用に(子羊丸焼き)。家畜飼料はすべてここでまかなわれている。ここでは出産も人の手助けなく動物が自力で生んでいるという。農園主はZhang Zhimin(ジャンジミン以下天女)という女性。その昔輸入食品の会社で働き、そこでおびただしい数の農薬とその危険性を知る。会社を辞め、世界中を旅した後、農の知識は何もなかったが、中国の古典Jia Sixie(ジャシシェ)が1500年以上前に書いた『農の基礎』と旧約聖書、天(自然)から教えを受け試行錯誤で取り組んできた。ここ数年はようやく土と生産制が安定したという。

 天福園も会員制にて作物を販売。月曜日と金曜日北京市内の別々の地域の会員へ配達している(今回の訪問者の1人が会員)。会費は1000元でそこから商品代を毎週引いていく仕組み。また会費を払わないで毎回商品代金を支払う方法もあり融通がきく。商品は1kgあたり10元〜15元。また農園訪問者に食事を提供し収入を得ている。ただし、来訪者はごく少数でファームレストランがあるわけではない。この日は話をしながらなんとなしに屋外にある厨房に入り餃子を作りそれが昼ご飯だった。野菜餃子(千切りきゅうりとねぎ、卵とトマト)、シーグア(へちま)とトマトの煮込み、卵とピーマンの炒め物、空心菜とニンニクの炒め物、塩漬けあひるの卵、ミニトマト、ぶさいく美味な桃、ヨーグルト、牛乳が振る舞われ、作業をしている人みんなで食べた。味は言うまでもない。

 有機農業を広め定着させていく為にはまず農民の教育こそが最重要と考える。5年程前近隣農家にかけあったがしかし、すでに浸透してしまった農薬と固まった旧習や政府依存の農民の思考転換は非常に困難であった。それでも女性には特に世話する能力があるからと、農を営む近隣女性5名に有機農業を教える機会を得、過去5年にわたり作業を手伝ってもらっている。現在、農園には9名の労働者がいる。残りは若手の男女2組で彼らは結婚し子供連れで北京郊外から出稼ぎでやって来て住み込みで働いている。彼ら有機農業を学ぶ意思なく出稼ぎへきたが、現在は熱心に学びゆくゆくは自分の土地へ帰り有機農業をとのこと。ここでは養蜂もしており、蜜を採る時には近隣の養蜂家に手伝ってもらう。ものの考え方は違えど、基本的な技術は共有している。

 「農業は人として生きるための営みであり、産業であるべきではない。現在の有機農業はどうしても商品価値がまさっており、有機農業を運営している人々のあいだにも温度差がありすぎる。」と他の有機農家について。「あそこは金儲けをしていてダメだね。したって土地をただで借りているんでしょ?政府や大学からも沢山の援助を受けていながらもどうして会員からあんなにお金をとるの?市民農園なんったてのは、ただの歌い文句で単に別のマーケットでしかない。用は有機農業が流行って来たから事業を起こしたわけでしょ?市民に対してどうのこうのより、農民の教育ですよ。」とロバ農園(詳細は北京的農的くらし04、05参照)について辛口。「都市において市民が農に触れる機会があることは大切ですし、将来その中から農を暮らしの一部とする人がでてくることもある。実際日本ではそのような事例が数多くありますよ。」と言うと「ここは中国。有機農業の将来性、永続性、ね。」と。

 以前の記事でもお伝えしたが、中国政府は北京近郊の農業を生産性の高い大規模近代農業に切り替える方針であり、政府が立ち退きを言い渡すとそれに従うしかない。この国には土地の私有制度がないのである。「北京近郊の農家で自分の農場以外は有機農業じゃない。もし、都市化の波に巻き込まれこの土地も政府によって奪い取られたら自分は何を食べて生きていけばいいのか。この土地は私のすべてである。これだけの歳月をかけて土地が安定してきたのに将来が見込めないというのは考えたくもない。だけど、数年後にはきっとこの土地も取り上げられるだろうね。」と天女は言う。土地問題は小規模有機農家には致命的である。ロバ農園も土地の永続性についてこの先は読めないといっていた。だがその対策として農家同士が連帯し、議論しあい、それぞれのネットワークを通じ消費者への情報発信/交換していくことが大切に思えてくる。しかしこの中国において草の根的な運動がどれほど効果あるのかはわからない。「だけどさ、そうこう言っても植物や動物達は現実生きているから私も今を乗り切っていきますよ。」と前向きな天女にたくましさと勇気を感じた。

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参考資料:

天福園ウエブサイト:
http://www.youjinongzhuang.com/Server.asp (中国語)
http://www.youjinongzhuang.com/english.htm (英語)
天福園映像 by Chris Gelken (英語ナレーション):
http://english.cri.cn/7146/2009/11/24/1481s531422.htm

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編集人註;書き手は2009年度「講座農的くらしのレッスン」参加者。2009年12月より北京在住。

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