2010年09月号 / Top
にわにわにわ研
発行;庭しんぶん
庭プレス社
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100928  その中心は穏やかだった 〜ゲリラ農民 香港、北京編
北京的農的くらし便り08文/植村 絵美

お話その1:
菜園(Shek Kong Choi)村移転・高速鉄道建設予定地区移転延期デモ現場

 中国の広州から香港をつなぐ高速鉄道の建設予定地として香港新界地区にある菜園村(注1)が移転される予定にある。中国香港間における今後の経済発展のためのインフラ整備を進めようと2003年、香港政府から667億香港ドルをかけての建設計画が提案された。これを受け村人、香港市民は署名活動を行い、一部の人々にのみ効率と利益をもたらす社会(=高速鉄道)はいらない!と強く反対運動を行って来たが、2008年には香港議会でその提案が議決、予算も通過した。

 香港と言えばギラギラした都会のイメージが主流だが、実は中国側に近い新界地区は山と緑に囲まれたすばらしい田舎がある。そこに位置する菜園村(英語ではVegetable Village)には現在50家族程が住んでおり、そのほとんどが4世代前から土地ともに暮らして来た。その人々はイギリス植民地支配以前から住んでいたので原居民と呼ばれ、香港では土地の私有制度がないにもかかわらず、原居民の特権で土地と家を所有している。しかし移転する事で、村民は賃貸の家へと移り住まねばならなくなり、住み慣れた土地、空間、日常、社会、生活、その村文化のすべてが他の圧力により奪われ、人としての営みが崩されていく。(実際、反対運動によりもうすでに今までの生活(農作業主流)とは異なる生活(反対運動が主流)をしている)。

 村人と20〜30人の活動家とが一致団結して起こした行動というのが、この村のある不耕作地に畑をつくることだった。これは住民立ち退き要求期限があまりにも短期間というの強制移住による不満から(2008年12月に立ち退き要求仮通知、2009年12月立ち退き要求本通知、2010年10月までに立ち退き完了せよとのこと)。新しい地区での賃貸、様々な役所への登録、書類検査等に相当な負担と時間がかかっており、住民のほとんどが移住できない状態にある。そこで、2010年3月、活動家達がこの畑を立ち退き要求時期延期運動の活動拠点とし村民との意思疎通を深め、反対運動をさらに押し進め、2010年の立ち退き完了は延期される予定だそう。

 ことの始まりは抵抗の型としての畑だったが現在ではアクティビストのほとんどが畑仕事に愛着をもち、案内してくれたChow君などは日に焼けて真っ黒。植物の生命力に感動し、長いスパンで物事を考え、日々勉強になる農はこの人々をとりこにした。この畑に掘建て小屋を建てたら村人たちもなんだなんだとなり、テーブルやら椅子やら冷蔵庫やらいろんなものを提供してくれたという。電気の配線も村民にはおてのもの。ちなみに簡易ベットと蚊屋もありここに泊まることもできる。インフラが整備されている香港では町中に住んでいながらもだいたい40分ほどでこの現場に到着する。交通の便はかなりよく毎日誰かが畑の世話をしに街からやってくる。

 丁度訪れた際には芸術家のキース氏。彼は大学の先生もしており、屋外のこの場所でデザインワークショップを行っていた。その後、シソの葉をつかってこ汚くなったT-シャツを染めて(煮て)いた。この掘建て小屋には台所が完備されていてここは彼の実験室でもある。野菜や果物の皮からエンザイムをこしらえてシャンプーや肥料を作っている。シャンプーは頭皮の汚れが全く落ちないと不満気味、日々改良中。また現在は農業大学関係者も野菜の作り方を指導しに訪れるという。実際、村のバス停の目の前には村市場ブースがあり、村民が育てた野菜とこのアクティビスト達がそだてた野菜を売っている、香港町中のファーマーズマーケットにも参入。Chow君はG8洞爺湖サミットの時に来北海道しており、留置所に24時間拘束されその後、日本一味と騒動お祭り騒ぎを繰り広げた。高円寺付近は仲間(素人の乱など)が多数。彼はインディペンデントメディアを主催しており、その取材等でこの農村にかかわるようになり、今は畑に心を奪われた。この人々を突き動かしているものは怒りでありなによりも情熱であった。人が生きていくために本当に必要なこととは何か?

(2010年9月11日Chow君との会話より)

(注)
香港新界地区菜園村Google Map
(編集者による参考):
http://maps.google.co.jp/maps/ms?msa=0&msid=112042582463030882955.00047c4481287e9128978&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1

参考ウエブサイト:
Shek Kong Choi 村活動 on Facebook:
http://www.facebook.com/group.php?gid=44815823430&ref=mf
Hofanという方のブログ:
http://hofan.burntmango.org/journal/hk/2009/10/20/
667億香港ドルの建設計画についての参考:
http://www.legco.gov.hk/yr09-10/chinese/panels/tp/tp_rdp/papers/tp_rdp1022cb1-166-1-ec.pdf

***

お話その2:
ゲリラ農民との出会い

 北京の街はずれを夕暮れ時自転車でぶらついていたら行き止まりに遭遇。市内は行き止まりがよくあるのでぶらぶらするとかなりの確立で前に進めず後退。そんな折にワンおばさん、通称北京ゲリラ農民第一号に出会った。高層マンション群と線路の間の小さな丘(7m程)を畑として、かぼちゃ、ズッキーニ、豆類、にんじん、だいこん、ねぎ等多種類の野菜を育てていた。おばさんにお声をかけてみる。
 「どうもこんにちは」
 「あんた、韓国人?」
 「あっ違います、日本人ですが。これ、あなたの畑ですか?」
 「そうなのよ、今年の春にね、ぼうぼうに荒れ果てたところを畑にしたのよ。お隣さんも一緒にやったらこんなに育っちゃって楽しくてしょうがない。」
 この丘幅約20mにわたり6組ほどの家族が畑をしているよう。これは、日本の田舎によくみられる線路沿いのゲリラ畑に良く似ている。私の地元北海道北見市の線路沿いも誰も所有していない土地ということで10年程まえからゲリラ農民(北見市民)が1人30平米程の土地を持ち、野菜を育てている。我が家は線路沿いだが、近所のおばさんもそこに参戦し何やら作業している様子。以前その1人のおじさんに話しかけた所、「ま〜市役所も何かいってくるけどさ〜別に使い道ないんだから作ったもん勝ちだよね。」と強気で掘建て小屋まで作り農機具も完備。

 北京のワンおばさんもこの土地は誰も所有していないことに目をつけ開始。彼女は畑作業は未体験だが、「適当にやっているよ。堆肥も自分の家の食べ物のカスを土の中に埋めてるだけ。来年はもっとよくなるよね。」と言って、私にネギとズッキーニをくれた。「ネギをきざんで、ズッキーニを刷りおろして、といた卵によくまぜ、そこに粉をいれて焼いて食べるとおいしいのよ。」彼女は近くの高層マンションに住んでおり、普段する事がないので畑作業をしているという。年は60代後半くらい。北京でこういう不耕作地を見る事はまれである。特に中心部はみごとなまでのコンクリート固めといかにも整備された公園しかない。そんな中、線路沿いにはこういう不耕作、未所有地がのこっているらしい。ここにもしかすると、あのわくわくとどきどきが詰まっている。やばい。来年、私、ゲリラ農民デビューか、しかもアウェイで。

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編集人註;書き手は2009年度「講座農的くらしのレッスン」参加者。2009年12月より北京在住。

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